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 レポートNo.1 : マッティ・ヤーッコラさん

      
 

 

私の名前はマッティ・ヤーッコラ。1925年フィンランドの東部に生まれました。私の父、そして私までの祖先は代々農業を営んできました。ヤーッコラ家は私で13代目になります。

若いときはクロスカントリースキーが趣味で、たくさん大会にも出場しチャンピオンにも輝きました。1941年、ちょうど15歳のときソビエト連合との戦争に参加しました。軍隊には22ヶ月と2日在籍し、初めのころは非常に危険な東の前線での戦いにおりました。幸いその後私は将校に任命され、命を落とすような危険な任務をせずに済みました。

 戦争後は農業に専念し、またトラックで森から材木を運搬していました。1970年代になると、私の趣味に物書きが加わりました。私は詩や歌、小説を書き始めました。現在も楽しんでいる私の趣味の中には、木工、石細工、時計作りなどがあります。私が現役を退いて娘婿に自分の持つ土地を売ったときに、自分には郊外の小さな土地を残し、そこに自分の手で自分のための家を建てました。そこに夏にはたくさん花が咲く庭園を造りました。そして私の土地には古いスモークサウナと水辺に小さな小屋があり、そこでクレープを焼いたり、魚を燻製にしたりします。毎年夏は網やさおで魚釣りをします。

 

自分自身実際、80歳になっても何でも自分一人で出来ているということに驚いています。20064月、私は愛娘シニッカ・サロの住む仙台を訪ねました。日本への旅は自分にとって非常に大きな経験でした。日本の文化についていろいろと学ぶことができましたし、私は日本の人たちは世界中で最も親切な人たちだと感じました。仙台でたくさんの同じ年代の人たちと会うことができ、フィンランドと日本の昔のことを語り合えたことはとても興味深い経験でした。日本滞在中、私の娘夫婦はすばらしいお寺のある日光や、高層ビルが建ち驚くほど人の多い東京へも連れて行ってくれました。

 私はフィンランド人と日本人は自然を重んじ、他の人に敬意を払い、一生懸命に仕事をすること、など同じ感覚を持っているのだなあと感じました。

2006年6月フィンランド

 

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