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健康福祉

#06 介護する人、される人 どちらも大切にする会社

人手不足が深刻な問題となっている介護業界。
この状況を少しでも緩和すべく、各介護事業者ではさまざまな取り組みが行われています。
労働環境や処遇の改善、外国人材の受け入れや見守りシステムなどのIT導入は、その例と言えるでしょう。

多くの事業者が人材の採用に苦労する中、独自の工夫で採用・定着の仕組みを構築している法人もあります。アクアビット・ファクトリー株式会社もそのうちの一つです。同社は仙台地域を拠点に介護事業所を運営。従業員ファーストを掲げ、人材の確保と離職率の低下を実現しています。経済産業省「健康経営優良法人2022ブライト500」にも認定されました。

今回は代表取締役の蓬田裕樹さんにインタビューしました。事業立ち上げの経緯から「従業員ファースト」の取組み、職場づくりに必要なことなど、幅広くお話しいただきました。

蓬田裕樹代表。地域に根差した施設を目指して、さまざまな地域活動や地域支援を行っている。また仙台市の認知症介護の指導者として、認知症ケアの質向上のための研修や施策にも携わっている。

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はじめに会社について教えてください。介護事業を立ち上げたのはいつ頃でしょうか?

蓬田さん
蓬田さん

以前に母と設立した会社が、2008年に仙台市内に認知症グループホーム「よもぎ埜(要ルビ:の)」を開所しました。それが介護事業の始まりです。2017年にアクアビット・ファクトリー株式会社を設立し、よもぎ埜も新会社で運営することになりました。まだまだ若い会社です。

2008年に開所した認知症グループホーム「よもぎ埜」(左)、住宅型有料老人ホーム「ソエル」(右)

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グループホーム、訪問看護、老人ホームなどの他に、看護小規模多機能型居宅介護(看多機)も運営されています。仙台ではまだ少ないサービスだと思いますが、始めたきっかけを教えていただけますでしょうか。

蓬田さん
蓬田さん

昔、私の祖父が脳梗塞で倒れ、首から下がほぼ動かないような麻痺状態になりました。叔母が自宅で5年ほど、祖父の面倒をみていたものの、だんだん食欲が落ちてきたため、入院することに。しかし、入院してからも祖父は衰弱していく一方で……

当時、私はすでに10年近くの介護経験があったのですが、衰えていく祖父の姿を目の当たりにして、無力感を味わいました。祖父を家に帰してあげたいとは思ったけれど、介護だけでは十分なケアを提供することはできないのが現実でした。結局、そのまま病院で祖父を看取ることになりました。

これが原体験となり、医療と介護の両方でニーズにきちんと応えられるようなサービスをいつか手掛けたいと思うようになりました。また、祖父だけでなく、ご利用者の中には、介護だけではケアが十分に行き届かない方もたくさんいらっしゃいます。医療と介護を分け隔てなく利用できるような仕組みをサービスとして具現化できたのが看多機でした。

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看多機を開設してすぐに利用されるようになったのでしょうか?

蓬田さん
蓬田さん

いいえ、苦労しました。
弊社が看多機事業を開設した当初、看多機は「複合型サービス」と呼ばれており、全くと言っていいほど知られていませんでした。看多機と呼称が変わってからも社会的周知は進まず…… ある地域包括支援センターからは「看護小規模多機能って何ですか?」と、真面目な顔で聞かれました(苦笑)
現在でも看多機施設はさほど多くありません。仙台市内では14か所ほどです。

「誰も聞いたことがないサービスを知ってもらい、さらに利用につなげていくのはものすごく大変なこと」と蓬田さんは話す。

蓬田さん
蓬田さん

まずはケアマネやご利用者、ご家族への働きかけを行い、並行して病院に営業も行いました。看多機の半数以上の利用者は病院から紹介されるため、病院との信頼関係を築くことも重要です。医療法人や病院が看多機事業を行うケースも多い中、弊社のように医療機関の後ろ盾が何もなく事業をスタートするには、たくさんの障壁がありました。

看護師の確保にも苦労しましたね。
看多機は看護師の色で決まるといっても過言ではありません。看護師が持つ知識や経験はもちろん、新しいことを吸収する力や向上心、勉強意欲があるかどうかも重要になります。

弊社の看護師は勉強熱心です。「もっと新しい症例を学びたい。もっと手技を上げないといけない」と、前向きに取り組んでくれているおかげで、多様な医療ニーズに応えられるようになっています。おかげさまで、今では連携先の病院からも信頼を得られているように感じます。

看多機は介護×看護のコラボレーション。
どちらもバランスをとりながらマネジメントすることが大事だと言う。

FWBC
FWBC

ご利用者やご家族の視点で考えた結果、看多機にたどり着いたのですね。
貴社は「従業員ファースト」を揚げ、人的資本経営に取り組まれています。経緯を教えてください。

蓬田さん
蓬田さん

これまでの介護業界は、「従業員をいかに自社サービスや介護制度に合わせていくか」という視点でマネジメントされることが多かったように思います。しかし、これからは従業員を中心に据えた経営・運営をしていくべきではないかと感じています。

いまや、どのような人間(ひと)が働いているかが、そのまま企業の強みとして表れる時代です。介護業界に限らず、今後、従業員の「人間力」が一つの資源になり魅力になっていく、と私は思います。

当然、時代の流れと共にAIやICTに代替される部分も出てきますが、「この人、この事業所にしかできない唯一無二のサービス」を作るためには、やはり人材への投資が不可欠だと感じています。 それを一言で表現したのが、「従業員ファースト」でした。

AIにはない人間味の暖かさや個性。
これからは「どんな人が働いているか」が企業の強みになっていくと蓬田さんは言う。

FWBC
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人材への投資について、事例を教えてください。

蓬田さん
蓬田さん

介護業界は暗く、地味でネガティブなイメージがあります。それを一新したくて、弊社では会社名をカタカナ表記にしました。また、従業員の制服を会社の一つのアイコンにしたくて、介護業界では珍しくワンピースを導入しています。この制服は従業員からも好評で、他社からも褒められます。

介護業界では珍しいワンピースの制服。男性は清潔感と洗練さが特徴のオックスフォードシャツの制服を導入している。

蓬田さん
蓬田さん

「自分らしく、カッコよく」は弊社が現在取り組んでいるテーマの一つでもあります。自分に誇りを持てる働き方を会社側がまず提案していくことが大事です。従業員にも共感してもらえたら嬉しいです。
他にも、従業員が心身ともに健康でいられるように、さまざまな取組みを積極的に行っています。

私は社長という立場ではありますが、役職に関係なく職員の皆さんと気軽にコミュニケーションをとる姿勢を自ら見せることが一番大事だと感じています。

今どき珍しいのですが、賞与は面談をしながら現金で手渡ししています。その際に職員からも会社に対する意見をアンケートでいただくのですが、それは私への評価、つまり「通知表」だと思っています。時間も手間もかかりますが、このやり取りをとても大切にしています。

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他にも取り組まれていることはありますか?

蓬田さん
蓬田さん

従業員の日々の頑張りやカッコよさを世間に知ってもらいたくて、新聞に意見広告を出しました。昨年の東京オリンピック開会式前日のことです。

また、事業所内には、励ましや勇気づけられる名言をいくつか壁に掛けています。 自分が落ち込んだ時や辛いとき、ふと見上げたら、自然とその言葉が目に入ってくる。気分が落ち込んでいるときは、人から直接言われるよりも文字を読んだほうが素直に受け入れやすいんですよね(笑)

東京オリンピック開会式前日の新聞に掲載された意見広告。

蓬田さん
蓬田さん

この他にもいろいろな取り組みを行っています。
結果的に、以前は30%だった離職率が、現在は8~10%に低下しました。

妊娠出産や子育て、家族介護等が理由で退職せざるを得ないケースもありますが、職場・会社への不満で離職する方はほとんどいなくなりました。

FWBC
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離職率が20%も低下したのはものすごい成果ですね。今後の展望も教えていただけますでしょうか。

蓬田さん
蓬田さん

事業を存続させるためには、当然ですが、収支を意識した運営や介護保険制度に則った仕事をする必要があります。ただ、そういった仕事だけではやりがいや面白さ、楽しさに限界があると感じました。

そこで、職員のアイデアや挑戦したい想いを少しでも支援できたらと思い、今年8月にNPO法人スポットライトを立ち上げました。新規ビジネス発掘や人材バンク機能を持たせることで、やりがいや新しい価値を創出します。職員は介護技術を活かしても良いですし、他の特技を活かしてもかまいません。副業につながる可能性もあります。

また、私自身も介護業界で認知症ケアに携わり、多くの経験を積んできました。介護のノウハウをなんらかの形でアウトプットできないか、と思っています。

現場の介護職員はその場、その時で答えがほしい場面が多々あります。介護の事例集はたくさんありますが、その状況に合う事例を一瞬で探すことは難しいです。ビッグデータ分析によって、すぐに対処法を教えてくれるソフトウェアがあったら面白いですね。認知症の方に対応できるAIロボットもできたらいいなと思います。

おわりに

利用者の視点に立って介護と看護を提供する、従業員の視点に立って職場の環境を改善する。どちらも口で言うのは簡単ですが、実際に行動に移し、さらに成果につなげるために、蓬田さんは大変な苦労と並々ならぬ努力をされてきたのだと思います。

「人間力が企業にとっての魅力」という言葉を自ら体現している蓬田さんだからこそ、従業員ファーストの考え方にも説得力がありました。介護される側も、介護する側も大切にしたいという温かい気持ちが伝わってくるインタビューでした。

アクアビット・ファクトリー株式会社