#12 北欧の事例から、これからの日本社会のあり方を考える

世界幸福度ランキング6年連続1位のフィンランド(国連の世界幸福度レポートWorld Happiness Reportより)を始め、北欧諸国は幸福度が高く、また福祉や教育の先進国として知られます。サウナ文化や北欧デザインも有名で、メディアでもたびたび取り上げられており、日本人にとって身近な存在になりつつあります。
東北工業大学の北欧デザイン研究所は、北欧の暮らしやデザインの魅力や価値を追求し、社会に発信することを目的として設置された研究所です。今回のウェルマガでは、北欧デザイン研究所 所長の石井 敏 氏(東北工業大学 副学長・建築学部長)にインタビュー。昨年11月には、当センターと北欧デザイン研究所の共催で、オンラインセミナー「SAUNAとWell-being ~日本とフィンランドのサウナをめぐって~」を実施しました。
北欧デザイン研究所の取り組みやフィンランドでの留学経験、北欧の魅力や考え方から学ぶべきことなどについてお話を伺いました。
フィンランド留学の経験から、 北欧の事例が日本の状況にも適用できると思った。
―はじめに、石井先生の研究分野を教えてください。
研究分野は建築学で、主に高齢者や障がい者の福祉施設の建築計画、認知症の人々のための環境デザインをテーマに研究しています。建物は何十年も使用されるため、次の世代も満足して利用できる環境を整備する必要があります。そのために、建設の計画・設計の基盤となる考え方や機能、空間について追究し、実際の建設に役立つ知見の提供を目指しています。
介護ケアにおいては、単に直接的な支援だけでなく、その人を支える物理的な環境(空間や場)を整えることも大切な要素です。建築の視点から、ケアの質向上や人々が幸せで豊かな生活を送る手助けをし、研究を通じて社会全体の幸福に貢献したいと思っています。

フィンランドの認知症の人のための施設のリビング(写真提供:石井敏)
―北欧デザイン研究所はどのような経緯で設置することになったのでしょうか?
北欧デザイン研究所を設置したのは、日本の社会や福祉施設の方向性を模索する際に、北欧を一つのモデルとして採用したいと感じたからです。フィンランドでの留学経験を通じて、社会、制度、文化が異なるとはいえ、北欧の事例が日本の状況にも適用できると思いました。
北欧社会の取り組みや現状すべて優れているわけではありませんが、日本の私たちの暮らしや社会のあり方を考えるきっかけになると考えています。新しい視点や価値観が社会に広がることで、人々の生活がより豊かになることを期待しています。

北欧デザイン研究所には、学内外の研究メンバーが集まり、共同で研究に取り組んでいる。北欧に関わる講演会(左)や書籍の発行(右)などを通して、北欧の魅力や価値を社会に発信する活動を行っている。
新しい挑戦をしながらも、昔ながらの文化も大切にするフィンランド。
―フィンランドでの留学経験について詳しく教えてください。
大学院時代に福祉の建築を専攻していたことから、福祉の先進国である北欧に留学しようと考えました。当時フィンランドは建築の研究をする留学生が少なかったため、研究に新しい視点をもたらすことができると思いました。1997年夏から、フィンランド政府の奨学金を利用して2年半留学をしました。
フィンランドに留学し、建築やデザインに触れたことで、多くの発見と学びがありました。フィンランドの文化や歴史、デザイン思想はとても魅力的で、日本人にとっても共感しやすい要素だと感じました。フィンランドでの体験は、自分の研究や活動、考え方の基盤になっています。
現在もフィンランドには、可能な限り毎年調査研究等で渡航しようと思っております。今後もフィンランドと日本の状況を常に対比させながら、研究や情報収集、現地フィンランド人との交流を継続する考えです。

石井 敏 教授。留学経験のほか、東北工業大学に着任後、海外研修制度を利用しフィンランドに8か月滞在。学生の時とは異なり、家族を持つ立場から社会を観察し、社会システムや文化についてさらに理解を深められたと言う。
―フィンランドの昔と今を比較して、変化したと感じる部分はありますか?
1997年に初めてフィンランドを訪れた当時と比べると、フィンランドはより洗練され、国際的な国になったと感じています。EUへの加盟やユーロ通貨の導入により、スーパーマーケットの品揃えや生活水準が向上し、フィンランドはより豊かになりました。
しかし、フィンランド人が持つ昔ながらの価値観や文化は失われていません。特に自然との共生やアナログ的な暮らしは、フィンランド人がとても大切にしていることです。夏はベリーを、秋にはキノコを摘みに行ったり、湖の側のコテージでゆったり過ごしたり、そんな自然に触れる時間を、人々がちゃんと大事に持っています。
一方で、フィンランドはテクノロジーとの調和も実現している国です。新しいことへの挑戦を続けつつも、長い歴史の中で根付いた価値観や文化は、社会の中できちんと受け継がれています。これはフィンランドの魅力の一つだと思っています。

森の中でのキノコ狩りはフィンランド人にとっての秋の楽しみ(写真提供:石井敏)
サウナ×公共施設で、新たな交流や文化が生まれる可能性。
―昨年11月、当センターと東北工業大学 北欧デザイン研究所の共催でオンラインセミナー「SAUNAとWell-being ~日本とフィンランドのサウナをめぐって~」を実施しました。セミナーの内容はいかがでしたか?
おかげさまで、セミナーにはたくさんの人に参加していただきました。サウナは、参加者の職業や立場など関係なく、幅広い層の人が共有できる非常にユニークなテーマだと思いました。最近メディアでもサウナの話題をよく見かけますし、サウナに対する人々の関心が高まっていると感じています。
日本でサウナが一つの文化として浸透し、フィンランドのサウナとは異なる進化や興味を引き起こしているのが面白いですね。

オンラインセミナーの様子。サウナ文化研究家 こばやし あやな氏(中央)、東京理科大学 理工学部建築学科 教授 垣野 義典 氏(右)を講師に迎えて実施。フィンランドのサウナ文化や最新サウナ事情の紹介、進化を続けるサウナの今とこれからについてクロストークを行った。(開催報告はこちら)
―今後の研究に生かせそうなアイデアはありますか?
日本の介護施設において、入浴介助は大変な業務で、多くの労力や負担がかかります。サウナは、その点で入浴介助を簡略化できると思います。サウナは健康への効果があることが証明されつつありますし、コミュニケーションの場としても有用です。
また、図書館などの公共施設とサウナを組み合わせることで、新たな交流や文化が生まれる可能性があると考えています。フィンランドには、ユニークな図書館がたくさんあります。本を読むためだけの場所ではなく、地域の住民同士で交流ができたり、いろんな活動ができたりする場として機能しています。公共施設はだれでも利用できるので、そこを豊かで楽しい場所にしていくのがフィンランドの考え方です。日本も公共施設のあり方をもっと柔軟に考えていけるといいな、と思います。

日本でも注目のヘルシンキの市立図書館Oodi(写真提供:石井敏)
北欧の魅力や価値を発信し、日本社会のあり方を考えるきっかけを提供したい。
―最後に、今後の展望について教えてください。
フィンランドでは、一人ひとりが自立して生きることが重要視されていて、自立した暮らしを支える社会基盤が整っています。たとえ高齢になっても、障がいを持っていていも、どんな状況にあっても自立し、自分らしく生きることを大切にしています。
日本では、地域社会や家族間での協力や助け合いが大切とされます。しかし、少子高齢化が進行する中で、今後は社会全体がより自立的な価値観を持つ必要があると考えています。そのためには、北欧の考え方や生き方を参考にしつつ、日本固有の文化や社会状況に合ったアプローチを模索することが重要です。
今後も、北欧デザイン研究所の活動や研究を通じて、北欧の魅力や価値を発信していきます。そして、将来の日本社会のあり方を考えるきっかけを、皆さんに提供できればと思っています。

老いてもその人らしく自立して生きることができる社会と環境(写真提供:石井敏)
おわりに
昔からウェルビーイング(心身と社会的な健康を意味する概念)が浸透している北欧諸国。
日本でも関心が高まっており、個人や企業がウェルビーイングを取り入れ、日常生活や労働環境の改善に取り組んでいます。ウェルビーイングは健康で幸福な社会を築くための一歩です。北欧デザイン研究所の活動はその実現に向けた大きな助けになるでしょう。

東北工業大学 北欧デザイン研究所
北欧の暮らしやデザインの魅力や価値を追求し、社会に発信することを目的として設置された研究所。北欧、フィンランド、デザイン、暮らし、生活、福祉、教育、自立、平等、ムーミン、サウナ、建築、プロダクトなどをキーワードに、北欧に関する講演会やシンポジウムなどを行っている。